事業計画書

<事業計画書の2つの目的>
①満額融資を勝ち取るための武器
②ビジョンを数値化し、経営判断を行うための羅針盤

<事業計画書のポイント>
・いくらの投資が必要かを医院理念に沿って積み上げる
・各投資額をエビデンスで根拠づけるとともに、相場との乖離がないかチェックする
・自己資金は最低でも総融資額の10%は確保する
・自己資金が少ない場合は親族借入で補填する
・ボトルネックと整合性を意識しながら損益計画を立てる
・運転資金は最低でも800万は確保する
・事業計画書の作成は実績のある専門家に依頼する

第三話 胸のマッチで事業計画書を炙り出せ

朝、昼、晩・・・朝、昼、晩・・・
交差点を行き交う人の年齢、ライフスタイルに想像を巡らせながら、横山は7日間、毎日現場で情報収集を続けた。次第にこのエリアの特性が浮き彫りになり、この地での開業イメージも明確になっていった。

「大倉先生、やっぱり僕、ここで開業したいです!」

横山が電話口でそう伝えると、大倉はひどくうれしそうな声で「そうか」と言った。

「賃料は坪単価12,000円、保証金は200万、開業日まではフリーレントで賃料がかからないように交渉しておいた。ただ、今月中には物件契約してもらわないと困ると言われてな・・・」

今月中というと残り3週間しかない、横山は途端に動揺し言葉に詰まった。そもそも、開業に必要な資金を銀行から借りられるかどうかさえ、全くもってあてがなかった。

「渋谷会計事務所、場所は後からメールするから、明日にでも相談に行っておいで。申し訳ないが、私も融資の事に関してはよく分からないんだ」


普段はあまり訪れることのないビジネス街のど真ん中。渋谷会計事務所の看板はすぐに見つかった。税理士会計士という職種の人間とはこれまで一度も関わったことがなく、妙な緊張を感じながら、横山は受付のインターホンを押した。

「はじめまして、会計士の渋谷です。今回は開業資金のご相談ということで、大倉先生からだいたいのお話は伺っております」

落ち着いた声のトーンとシックなスーツの柄に一瞬惑わされたが、よく見ると自分とさほど年齢は変わらないことに気づき、横山は安堵の表情を浮かべた。 名刺を用意しておらずまごつく横山に「結構ですよ」と渋谷は余裕を感じさせる微笑みとともに声をかけ、さっそく本題を切り出した。

「歯科医院開業の2大障壁というのをご存じですか?1つが物件選び、そしてもう1つが資金調達です。物件が決まらなけばもちろん開業はできませんが、良い物件が決まったとしても必要な資金が調達できなければ同様に開業まで辿りつけません。本当なら物件探しを始める前のタイミングで一度ご相談いただきたかったところですが・・・」

渋谷の言葉は、横山の中で「本当に銀行からお金を借りられるのか」「3週間という期限に間に合うのだろうか」といった不安を一気に大きくした。

「まずは開業に必要な資金の額を試算してみましょう。横山先生の考える開業スタイルについて、少し詳しくお聞きしてもいいですか?それと、業者さんから入手済の見積書があれば合わせて拝見できますか?」

芽生えた不安を払拭しきれないまま、横山は促されるままに質問に答えていった。

30分ほど経っただろうか。膨大なヒアリングを終え、その回答をノートパソコンに素早く入力したところで、渋谷はブラインドタッチで電卓を激しく叩き始めた。そして、最後の「=」を切れの良い音を響かせてタイプし、電卓を横山の前に差し出した。

「横山先生の開業に必要な資金は5,500万円です」

渋谷は「簡単に説明しますね」と言いながら、コピー用紙に何やら書き始めた。

「物件契約関係で500万、内装1,500万に医療機器が2,000万。広報関連費が300万に歯科医師会の入会金が200万。その他と運転資金を合わせて1,000万。トータルで5,500万です」

横山も開業資金については先輩医師の話やネットから得た情報で、だいたい5,000万~6,000万と相場は心得ていた。しかし、実際に細かな内訳とともに金額を見てみると、より具体的なイメージとして実感を得ることができ、漠然とした不安から少しだけ解放されたような気がした。

「この資金計画は横山先生のビジョンや希望をお聞きしながら、実際の見積書や一般的な相場に基づき、金額を見積もっています。念のため確認させていただきたいのですが、この計画は横山先生の理念や理想に沿ったものですか?」

「はい、この内容で開業することができれば何も言うことはありません。CTは我慢しようかとも思いましたが、理念を貫くためにはやはり必要だと決断しました。ただ、何点か気になる部分があり、質問させてもらってもいいですか?」

渋谷はピンと背筋を伸ばしたまま、何でもどうぞと微笑んだ。

「まず、広報関連費の300万。ここはもう少し抑えたい気もします。ホームページも友人がタダで作ってくれると言ってくれていますし、内覧会やポスティング、新聞折込も結構高いので・・・」

「なるほど、それから?」渋谷はすぐに質問に答えようとはしなかった。

「それから、運転資金はもう少し少なくてもいいのかな。スタートでつまづきさえしなければ、500万もあれば十分じゃないですかね・・・」

「私からも一つ質問してもいいですか?」渋谷はペンを内ポケットに直すと諭すように話始めた。

「開業時は思い切った広報活動を行って一気に認知度を上げる、最初で最後のチャンスです。事業計画書の段階で広報予算を削ってしまっては取り返しのつかないことになる、そのことは横山先生も十分ご存じのはずです。運転資金についても同様で、常に預金残高を気にしながらの診療では精神衛生上良くない。本業である診療と経営に集中できなくなってしまいます。この点についても、横山先生は最初、運転資金だけはしっかりと確保したいとおっしゃっていたはず・・・もしかして、自己資金に不安がおありですか?」

“自己資金”というワードが出た瞬間、横山の表情が一機に凍りついた。渋谷はそんな横山の表情をじっと見つめたまま目をそらそうとしない。

「実は・・・自己資金が300万ほどしかないんです。5,500万必要だとすると5,200万は銀行から融資を受けなければならない。これはどう考えても無理なんじゃないかと思いまして・・・」

「正直に話してくださってありがとうございます。ご両親などから何とか200万、援助していただくことはできませんか?」

ちょうど開業の話を両親にした際、少しなら援助できるからと言われたばかりだった。

「親族借入は融資交渉上、自己資金とみなしてもらえます。一般的に、融資額の20%は自己資金が欲しいところですが、10%あれば何とか勝負できます。自己資金500万、融資5,000万、このプランで行きましょう!」

「親族からの200万は何とかします。それにしても、5,000万なんて大きな金額、本当に借りられるんですか?」

「借りられるような事業計画書にすればいい。違いますか?私に任せてください」

銀行からお金など借りたことなどない横山にとって、渋谷の言葉はただただ心強かった。“いい税理士、紹介するよ”という大倉の言葉の意味が、ここにきてよく理解できた気がした。

「あとは開業後3年間の売上と経費、そして資金繰りの計画を立てましょう。売上の計画を立てる際は常にボトルネックを意識しないといけません。具体的にはチェア台数とスタッフ構成です。その売上、つまり患者数を診るのに必要なチェア台数、スタッフ構成を常にチェックしながら、投資のタイミングを計画に織り込んでいきます。逆に言えば、来院患者数が決まれば、自動的にチェア増設やスタッフ増員のタイミングが決まってくる、それをそのまま計画に反映させるだけでいい。簡単じゃないですか?」

「あの・・・3年後に売上1億を目指してるんですが、銀行には少し保守的な計画を出す方がいいですよね?診療圏調査の結果もいまいちですし・・・」

「事業計画書は融資交渉の材料である前に、先生の未来予想図なんです。横山先生が本気で1億目指したいならそのまま書いてやればいいんですよ。あとはその計画の実行可能性を高めるために何をすべきか、そこだけ明確になっていれば問題ありませんよ」

あれだけ何度も現場に足を運んで確信を得ていたにもかかわらず、弱気になりかけていた自分が恥ずかしかった。

「ではまだ入手できていない見積書だけ早急に準備してください。材料が揃い次第、事業計画書を仕上げて、いざ金融機関と交渉です!」

銀杏並木に少し冷たい風が通り抜ける中、一本のマッチのように灯った想いを大切に抱えながら、横山は夢の続きを歩み始めた。

※この内容は「Quintessence」2016年3月号掲載に加筆修正したものです。

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