業者選定

<業者選定のポイント>
・金額の大きなものは必ず相見積もりを取る
・相場と比較する(税理士や先輩Drから情報収集)
・信用できる人からの紹介は信用できる
・複数業者のイイトコドリでベストなプランに落とし込む
・どんな業者に対しても謙虚、丁寧に接する
・HPなどの細かな業者選定も時間的余裕があるうちに

<内装業者を選ぶポイント>
・歯科関係の実績が豊富か
・デザイン力と提案力があるか
・進捗管理やアフターフォローに不安がないか
・追加工事は発生しないと約束してくれるか

巡り会いは聖なる夜に

クリスマスイブのカフェは紙袋を携えたカップル達でごったがえしている。
融資の目途がついたことで無事に物件契約も滑り込みセーフで済ませることができた。
思いがけずラテアートの描かれてしまったカフェラテを相棒に、横山は各業者から取り寄せた見積書を机に広げ、ひとり考え込んでいた。

融資交渉の際に提出した見積書は値引き交渉前のものに過ぎない。満額借りられる保証が得られたとはいえ、無駄なものは買いたくないし、可能な限り安く済ませたいのが横山の本心だった。

「そんなかわいいもの飲みながら、やけに難しい顔をしているじゃないか」

クリスマスイブに最も不似合な男、大倉がエスプレッソ片手に現れた。
横山は慌ててカップの中のサンタを口の中に吸い込むと、見積書の値引き交渉で悩んでいることを伝えた。

「開業のときは、ついついあれも欲しい、これもあったらと考えてしまいがち。必要と思うものまで削れとは言わないが、当初の理念と照らして本当に必要なものかどうか、そこは慎重に考えるべきだな」

「絶対に必要なものとそうでないものの選別は、すでにある程度済んでいます。それより問題なのは価格面でして…」

大倉は椅子を数センチ手前に詰めると、前のめりになり話し始めた。

「歯科医院開業時の投資で大きなものと言えば内装と器材。この二つに関してはちょっとしたことで数百万変わってくることだってある。開業後しばらくしてから、もう少し安くできたんじゃないかと後悔する先生をたくさん見てきたよ」

「じゃあ強気に値引き交渉していけばいいですか?僕も大阪人の端くれとして値切りには自信があります」

「ただ闇雲に値切るってやり口は賢明とはいえないな。ポイントは…」

大倉は紙ナプキンに“アイミツ”と書いて横山に見せた。

「相見積もり、つまり1社だけでなく別の業者からも見積もりを取れってことですね。でも、そんなことをして恨まれたりしないですか?」

大倉はエスプレッソをぐいっと飲み干すと厳しい目で言った。

「歯科医院の開業は遊びじゃない。よっぽど自分の相場観や適正価格の読みに自信があれば別だが、そうでもない限り、ブレーン選びは慎重にした方がいい。
ちなみに、私は業者という言い方はあまり好きじゃない。協力業者は医院を成功に導いてくれるブレーンなんだ。もちろん言いなりになる必要もないが、決して御用聞きでもなければボランティアでもない。敬意を持って謙虚に接するという心構えが必要だと考えている。どの担当者も同じ人間、そりゃ丁寧に接してくれるドクターのためなら頑張ろうって思うのが当然だろ?閑話休題、まずは内装から考えていこうか」

横山は内装の見積書を大倉に示しながら説明を加えた。

「いま見積もりを取れているのが大野設計事務所、父の知り合いがされている会社ということで紹介してもらいました。設計料を含んだ内装工事費は坪単価50万で1500万。小さな設計事務所なので社長と直接話をしたのですが、最終的には坪単価45万の1350万まで下げられると言ってもらいました。相場が坪単価50~60万と聞いていたので、これはかなりお得ですよね!」

「喜ぶのはまだ早い。その事務所は歯科医院の設計をどれくらいやったことがあるんだ?それとデザイン力はありそうかい?」

「歯科医院を手掛けた実績はまだ数件しかないそうですが、心配ないと言っていましたよ。デザインに関しては、社内にデザイナーを抱えているから安心してくれと…ただ今思えばですが、施工例を見たところ、無難なデザインという印象でした」

大倉は何かを悟ったかのように薄ら笑いを浮かべながら続けた。

「内装業者を選ぶポイントは3つ。1つ目は歯科の特性や使いやすい導線を理解したうえで設計ができるかどうか。配管を5台引けるところがマックス4台になってしまったり、より使いやすい導線の提案がなかったりすることもある。
2つ目はデザイン力。古臭いテンプレートのような無難なデザインになってしまわないこと。院長の医院理念を理解し、それを具現化するデザインを提案してもらうべきだ。

そして、3つ目が価格。ただし、安いのは結構なことだが、安いには安いなりの理由があることも多い。手抜き工事や進捗管理がずさんにならないよう、しっかり管理監督する覚悟をもったうえで選ばなければいけない。また、当初の見積もりとは別に追加工事といって最後に金額が吊り上がることもあるから、事前にクギを刺しておいた方がいい」

「内装会社選びのポイントが良くわかりました。仮に大野設計事務所が信用できる会社だったとしても、もう1社か2社、相見積もりを依頼した方が良さそうですね。まず相見積もりで価格競争が生まれてコスト削減が可能。それに、複数の会社から違った切り口の提案を受けることにより、最終的にイイトコドリのベストなプランに集約できるのもメリットですよね」

大倉は「わかってきたようだな」と満足気に表情を緩めた。

「比較対象に私と長い付き合いのアラシデザインの桜井という男を紹介しよう。まだ彼が駆け出しのころ、歯科医院の設計で一旗揚げたいと相談され、随分と世話をしてやったんだ。今回も私の紹介とあっては下手なことはしないだろ。もちろん、最終どの会社に依頼するか決めるのは横山先生自身だ。私の紹介だからといって変な気は一切使わないでくれ」

横山は礼を言うと、次は器材の見積書を大倉に差し出した。

「器材に関しては、株式会社ガイアスから見積もりをもらっています。開業セミナーに顔を出したのがきっかけで」

「うちの医院にもガイアスのチェアを入れているが、少々値が張るのが難点だな。渋谷会計士なら他のメーカーとも付き合いがあるはずだ、一度紹介してくれと頼んでみたらどうだ?
各社から見積もりが上がってきたら打ち合わせがしばらく続くだろう。年明けからはさらに忙しくなる。融資の件で気が休まらなかっただろう、今日くらいは早く帰ってゆっくりした方がいい」

横山が自宅に戻ると、美穂がいつも通りの明るい声で迎えてくれた。
机にはローストチキンを囲むように、到底2人で食べきれないほどの豪華なクリスマスディナーが並べられていた。美穂とは大倉の医院で働いているときに出会い、今日がちょうど付き合って3年の記念日だった。

横山はエプロンを外し終えた美穂の左手を不意に握り、まばたきもせずに正視した。
美穂は一瞬驚いたような表情を見せたが、同じように横山を見つめ返した。

「開業してからは大変なこともたくさんあると思う。でも美穂と一緒ならどんなことでも乗り越えていけそうな気がするんだ。開業後の将来を具体的にイメージする中で、僕の未来は美穂なしでは成立しない、そう確信した。僕と結婚してくれませんか?」

横山は右ポケットから指輪を取り出し、美穂にそっと差出した。

「これから開業しようってときにプロポーズしてくるなんて、あなたやっぱり大物だわ。こんな私で良かったらよろしくお願いします。その代わり医院が軌道に乗ったらちゃんと結婚式もしてよね」

頬に涙を伝わせながら、美穂は指輪をうれしそうにずっと眺めていた。

「年明けからは業者選びでさらに忙しくなりそうだ。慎重に選ばないとな」

「大丈夫。私を選んだくらいだから、きっとあなたは人を見る目があるわ」

舞い始めた粉雪は、人生に積み重なる幾多の出会いのように、聖なる夜の底に音もなく降り積もっていった。

※この内容は「Quintessence」2016年5月号掲載に加筆修正したものです。

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