スタッフ教育・内覧会

<開業直前の準備事項>
・経理関係の帳票、業務フローの確認(顧問税理士からの説明)
・診療関係の帳票、業務フローの確認(模擬診療で準備できればベスト)・収集すべきデータの種類と目的を明確にする(来院経路、無断キャンセルなど)
・接遇研修の実施
・内覧会の準備

<内覧会を行うメリット>
・クリニックの認知度アップが図れる
・院長やスタッフの人柄、院内の雰囲気に触れてもらい、来院の敷居を下げられる
・一定数の開院後予約を獲得することで、スタートダッシュを切れる
・準備や本番を通して、医院全体のチーム力が高まる

真っ白なキャンパスに4色の絵の具で

期待と不安の入り混じった表情が3つ並んでいたが、きっと自分も同じ顔をしているのだろう。横山は強張った表情を必死でほぐしながら、3人のオープニングスタッフに向けて話し始めた。

「おはようございます。いよいよ今日から2週間の研修が始まります。きっと不安もあると思うけど、それは僕も一緒です。みんなで話し合い、協力しながら、地域の患者さんに喜んでもらえる歯科医院を一緒に作っていって欲しいと思います。まずは顔合わせということで、順番に自己紹介をしていってもらおうか」

保育士資格も持つ受付兼助手の相葉、笑顔がまだ初々しい2年目衛生士の木村、そして面接で熱い想いを語ってくれた3年目衛生士の松本。ひと気のなかった院内に明るい声が響くと、よこやま歯科に初めて命が吹き込まれたような気がした。

「みんなありがとう。では開院までのスケジュールを簡単に説明しておくね。まず研修と事前準備が2週間。接遇研修があったり、模擬診療があったり、細かいスケジュールはこの表を見て確認しておいてください。そして3月28日~30日の3日間が内覧会、1日休んで4月1日がいよいよオープン初日です」

熱心にメモを取っていた松本がふと顔を上げた。

「今朝も駅前で内覧会の案内チラシを業者さんが配っているのを見かけました。内覧会がどういうものかいまいち理解できていないんですが、そもそも何のためにするものなんですか?」

木村や相葉も内覧会はやったこともなければ見たこともないようで、うんうんと頷いている。

「内覧会の趣旨をしっかり説明しておかないといけないね。内覧会というのは新しくできる医院の見学会、お披露目の場なんだ。その目的は大きく3つある。1つ目は、クリニックを地域の方に認知してもらうこと。2つ目は、院長やスタッフの人柄、院内の雰囲気に触れてもらい、来院の敷居を下げること。いくら良い医療サービスを提供していても、まずは存在を知ってもらい、さらに恐怖感や面倒臭さを乗り越えてもらわなければ来院してもらえないってことなんだ。そして3つ目の目的は・・・内覧会の準備や本番を通して、医院全体のチーム力を高めること。準備も本番も大変だろうけど、みんなで内覧会を成功させることができれば、きっと良いスタートを切れるはずだと信じています」

「文化祭の準備みたいで楽しそうですね」木村の緩いコメントで、待合室に初めて笑いが溢れた。和やかなムードに変わったところで自動ドアの開く音がした。経理関係の確認に来た渋谷会計士だった。横山はスタッフに制服選びをしておくよう指示を出すと、渋谷を奥の院長室に通した。

「横山先生、いよいよですね。雇用契約書や雇用保険の加入なども全てバッチリですか?」

「はい、社労士の先生に入っていただいたので、就業規則も含めてすべて完璧に用意することができました。こんなにきっちりしたクリニックは初めてだと、経験者のスタッフからも褒められましたよ(笑)」

「労務関係は杜撰な歯科医院がいまだに多いですからね・・・。では本題ですが、経理関係の帳票や業務フローに関して、スタッフさんも含めて少しお話させてください。患者負担金の管理方法、カード売上や未収管理の方法、毎月揃えて送っていただく会計資料など、決めておくべきことがたくさんあります。スタッフさんは3名とも経験者ですので、前の医院とはやり方が違ったりすると戸惑われるかもしれません。」

渋谷はさっそくスタッフを集め、“経理の流れ”とタイトルの印字された紙を配布した。予想した通り、以前勤務していた医院ではこうしていたというような意見が多数出たが、渋谷は頭ごなしに否定することはせず、各々のやり方のイイトコドリをする形で“よこやま流”の経理フローをまとめあげた。議論を見守っていた横山は、口こそ挟まないものの、一心不乱にメモを取り続けていた。「受付も会計も、いざとなれば院長自らやらなければいけない。最後の最後に頼りになるのは自分なんだよ」かつて大倉に言われた言葉が思い出された。

「データ取りも最初が肝心です、スタッフのみなさんも協力していただけますか?」

渋谷が新患来院経路、キャンセル数などの標準的な指標を提示すると、受付助手の相葉が口を開いた。

「新患来院経路に“駅看板”という項目も入れてはどうでしょう?それなりのコストもかかっているでしょうし、費用対効果が測定できた方が良いと思うんです。それと患者数も午前と午後にわけてデータを取った方が対策を考えやすいと思います」

横山は驚きを隠せなかった。スタッフがここまで医院のことを考えてくれるとは正直期待しておらず、甘く見ていたことを申し訳ないとさえ感じた。

「午後からは医療機器や器具の使い方を全員で再確認しながら、不足している物品がないかも同時にチェックしていこう。明日は終日、接遇研修だね。電話対応の仕方や導入方法なんかのルールを講師の先生のアドバイスももらいながら決めていこう。ある程度こうしたいというイメージはあるからまた明日説明するけど、みんなも患者目線に立ってもっとこうした方がという部分があればどんどん意見をあげて欲しい」

天気の心配も杞憂に終わったようで、朝から爽やかな陽光が待合に差し込んでいた。2週間の研修を終え、少したくましくなった院長横山とスタッフは内覧会の初日を迎えた。

10時のオープンと同時に5名ほどの見学者が次々と院内になだれ込んだ。その後も見学者は増え続け、その波は正午を回っても一向に途切れることはなかった。少し落ち着き始めた時には、すでに時計の針は14時を指していた。手ごたえを感じながら一息つく横山の前に現れたのは、差し入れのドーナツをぶら下げた大倉だった。

「大倉先生、きれいなお花も贈っていただいて、ありがとうございます。この日を迎えられたのも大倉先生のおかげだと本当に感謝しています」

「そんなことより、奥にいるあのスタッフさんは大丈夫かい?疲労困憊といった表情だけど…もしかしてお昼もまだなんじゃないか?」

奥にいた松本に目をやると、確かにいつもの覇気が感じられない。大倉に言われて初めて、彼女が休憩も取らず昼食も取らず、次々と訪れる見学者に率先して対応していてくれたことに気がついた。横山は松本のもとに駆け寄るとすかさず声をかけた。

「気づかなくて本当に申し訳ない。少し見学者も落ち着いたからお昼休憩しっかり取って」

大倉はドーナツを受付裏に置くと、諭すように話し始めた。

「文句も言わず頑張っていた彼女は偉いよ。でも横山先生、それに甘えちゃいけないよ。先生は休みなしだろうが昼飯抜きだろうが倒れるまで働く覚悟があるかもしれない。でもスタッフにそれを求めてはいけない。いくらモチベーションが高いと言っても、経営者と従業員は立場が違うということを忘れてはいけない。常に感謝して、少し甘やかすくらいの方がうまくいくこともある。機嫌よく働いてもらうのが一番だ」

長くハードな3日間がようやく終わった。内覧会では延べ353人の来院、115人の予約という期待以上の反響を得ることができ、スタッフ全員が達成感を噛みしめていた。

「3日間、本当にお疲れ様でした。明日は一日しっかり休んで、明後日はいよいよオープン初日。まだ頼りない院長かもしれないけど、みんなに助けてもらいながら、チーム一丸となって良い医院を作っていきたい。よろしくお願いします」

焼肉の芳ばしい香りが充満する打ち上げ会場で、深夜まで笑い声が消えることはなかった。

※この内容は「Quintessence」2016年10月号掲載に加筆修正したものです。

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