コラム「開業成功への道」

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融資交渉

<借入申込先を選ぶ際のポイント>
①審査の通りやすさ(自己資金、担保、保証人)
②審査のスピード、必要書類の量
③借入期間、金利、借入限度額
④据置期間
⑤資金使途の柔軟性

<融資面接のポイント>
・とにかく開業に対する熱意と覚悟をアピール
・経歴と専門性、コミュニケーション能力の高さをアピール
・なぜ今、なぜその場所で開業を決めたのかという理由を語る
・計画性があるか、お金にルーズでないかが見られる
・親族情報や保有資産など、プラスになる情報は出し惜しみしない

鉄板交渉術で満額融資を勝ち取れ

銀杏並木を通り抜ける風は、この一週間で幾分冷たさを増したように感じられた。
会計士の渋谷から事業計画書完成の知らせを受けた横山は、残り2週間に迫った物件契約の期限に気を揉みながら、速足に会計事務所へと向かった。

「横山先生、1週間ぶりですね。さっそくですが完成した事業計画書に目を通していただけますか?」

開業計画の概要から始まり、資金調達・投資計画、売上シミュレーション、損益計画に資金計画。細かな数字の羅列に眩暈がしそうだったが、渋谷のわかりやすい解説を聞くことで意外にもすんなりと内容を理解することができた。

「先日メールでお願いした借入申込時に必要な資料、チェックさせていただきますね」

歯科医師免許のコピーや源泉徴収票など、渋谷から依頼された必要資料は10種類。渋谷は慣れた手つきで確認作業を進め、「ばっちりですね」と横山に微笑みかけた。

「事業計画書も必要書類も揃いましたし、これをもって銀行の窓口に行けばいいですか?」

横山がそう聞くと、渋谷の顔から笑みが消えた。

「横山先生、融資交渉をご自身でされるのは非常に危険です。銀行担当者との面接で何か突っ込まれても私がフォローできませんし、一度融資審査がアウトとなれば、私がいくら後押ししても後の祭り、結果が覆ることはありません。金融機関の融資担当者は開業前の先生が信用するに足る人物かを見定めてきます。金融機関の歯科業界を見る目は厳しいですし、まだ何の実績もない先生への融資には慎重です。だからこそ、先生の信用に、実績のある会計事務所の信用を上乗せすることが重要なんです」

安易に考え、取り返しのつかないことをしてしまうところだったと、横山はぞっとして一つ大きなため息をついた。

「ところで、今回は総額5,000万もの融資を受けなければいけない・・・どの銀行から借りればいいんでしょうか?」

横山の問いに「ではその件について今からご説明しますね」と渋谷はA4用紙に何やら書き始めた。

「どの金融機関に融資を申し込むか、選ぶポイントは5つあります。1つ目は借りやすさ、つまり審査が厳しくないところを選ぶべきです」

「なるほど、いくら条件が良くても借りられなければ意味がないですもんね」

「おっしゃる通りです。実は金融機関によって、融資の審査基準は千差万別です。開業時の融資には消極的なところ、歯科業界に対して厳しいところ、運転資金の融資には渋いところ、など特徴があり、もっと言えば同じ金融機関でも支店によって方針が大きく違うことさえあるんです」

横山は初めて聞く話に深く頷きながら、渋谷の手元に注目した。

「借りやすさとも関連しますが、2つ目のポイントは担保や保証人が必須かどうかです。横山先生は無担保無保証での融資をご希望でしたね?」

「はい、両親からは資金を援助してもらうので、保証人までお願いするのはちょっと・・・大丈夫でしょうか?」

渋谷は無言で頷き、「とりあえず話を進めましょうか」と3つ目のポイントを書き始めた。

「3つ目のポイントは・・・横山先生、なんだと思われますか?」

唐突に質問を振られ戸惑いながらも、「金利の低さですかね」と答えた。

「確かに金利は少しでも低い方がいいですよね。でも金利よりも重要視すべきものがあります。それは“借入期間”です。5,000万を10年で借りるか15年で借りるか、月々の返済額がどれくらい変わるか計算してみましょう」

渋谷は左手で電卓を叩きながら、右手で数字を書き込んでいく。

「10年返済の場合は月々42万の返済、一方15年返済の場合は月々28万の返済です。この差額14万が開業後、命取りになることがあります。一般的なテナント開業の場合、借入期間は15年とすることを私はお勧めしています」

つい金利にばかり目が行きがちだったが、月々の返済金額の違いを具体的に比較することで、背負うプレッシャーの違いを実感した。

「あとは借入をしてから返済が始まるまでの猶予期間、つまり据置期間が少なくとも1年間とれること。そして今回に限って言えば、審査のスピードもポイントになってきますね」

「色々と考えるべきポイントがあるんですね。大体理解できました」

結論を待つ横山の表情に気づきつつ、渋谷は焦らすかのように残りのコーヒーを飲みほした後、話し出した。

「今回の開業計画、そして横山先生の状況を総合的に勘案しますと、まず日本政策金融公庫で弊事務所の認定支援機関を使った優遇金利を適用して2,000万、残り3,000万は無担保無保証でも交渉可能な関西エイト銀行と交渉しましょう。借入期間はいずれも15年、据置期間もきっちり12ヶ月で」

横山は「そのプランでお願いします」と頭を軽く下げた。今後のスケジュールを渋谷に尋ねると、来週には金融機関の面接があり、さらに一週間もあれば審査の結果が出るとのことだった。ただ横山の表情はどこか石のように強張っている。靴の中の最後の小石をつまみ上げるかのように渋谷が付け加えた。

「面接は不安だと思いますが、私も同席しますし安心してください。あと、当日までにこれに目を通しておいてください」

差し出されたのは“融資面接の心構え”と書かれた冊子だった。


関西エイト銀行に着くと、これまで縁のなかった奥の応接室に通された。下座に腰かける渋谷の姿を見つけ安堵したのも束の間、ノックの音とともに「失礼します」と野太い声がした。

横山が一瞬、妙な表情になったのはその男の顔が大倉に瓜二つだったためだ。普通なら緊張もほぐれそうなところだが、似ていたのが大倉というのがまずかったのか、体は棒のように固く緊張してしまった。

「関西エイト銀行の村上です。どうぞ緊張なさらないでください。面接といっても形式的なものですから」

その穏やかな口調とは裏腹に、村上の眼光は骨とう品を見定める鑑定士のごとく鋭く見えた。

「事業計画書の内容については渋谷先生から大体伺っております。そもそも横山先生がこの度ご開業を決意されたのはなぜですか?それも安田駅のあの場所を選ばれた理由は?」

横山は不思議と安堵の表情を浮かべながら、これまでの経歴や医院理念、そして何度も現地に足を運び、徹底的に立地調査をしたことを難なく答えてみせた。

「なるほど。開業後は順調に患者数が増える計画になっていますが、横山先生もご存じの通り歯科業界も競争が厳しい。何か戦略は考えられていますか?」

相当な覚悟を持って開業を決意したこと、そして内覧会やホームページを初めとした広報戦略に十分な予算をとったことを熱く語った。その後も、税金や公共料金の滞納がないことの確認、親族関係、不動産や住宅ローンについての質問が矢継ぎ早に飛んできたが、横山は終始落ち着いて回答を積み重ねた。全ての質問は“融資面接の心構え”の通りだった。


「融資審査が無事通りました!」


渋谷は自分の事のように喜びながら、横山に電話で吉報を伝えた。面接からちょうど1週間、物件契約期限の3日前だった。

「ありがとうございます。実は渋谷先生が席を外された時、面接官からこう言われたんです。渋谷会計事務所を通しているから必要書類も省略できるし、面接もスムーズに進められるんです、と」

興奮気味に話す横山、その肩に分厚い手がドンと置かれた。久しぶりに見る大倉だった。

「これで開業の2大障壁は無事クリアだ。ただ、まだ塗り絵でいうと輪郭線は引けましたという状態。あとはここにどんな色を塗っていくか、内装、器材、ホームページ、スタッフ採用、これからが本番だな」

クリスマスの足音が聞こえる中、横山は3ヶ月後にやってくる春に思いを馳せていた。

※この内容は「Quintessence」2016年4月号掲載に加筆修正したものです。

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