スタッフ採用

<求人のポイント>
・求人媒体はコストのかからないものから順に検討する
・開業時の求人には十分に予算をとる(二段ロケット方式もあり)
・現勤務先の退職までに要する期間も考え、遅くとも研修開始の1ヶ月前には求人をかける
・院長の人柄や想い、スタッフに求めるものなどをHP上にアップする

<面接のポイント>
・できる限り、内装が完成した医院内で面接をする
・医院の考えや方針を説明する時間を十分にとる
・労働条件(勤務時間、残業、賞与、有給休暇etc)はごまかさずに説明する
・勤務開始日や研修スケジュールなどは事前に決めておき、面接時に伝える
・不採用者にも礼を尽くして対応する(将来の患者)

あの山を登ろうよ、一緒に

季節は春に向かってゆっくりと移ろい、今年も歯科医師免許の国試が終わり、横山の開業日もいよいよ1ヶ月半後に迫っていた。10年ぶりの大勝負を前に、横山は渋谷会計事務所へと向かっていた。

渋谷に会うのは年が明けてから初めてだったが、進捗状況は逐一メールで報告していたためか、久しぶりという感じはしなかった。

「今日は求人のご相談ですね。人の重要性は横山先生も十分に認識されていると思いますので、戦略的に募集、採用していきましょう」

会計士というと融資や税金といったお金の話しか相談できないものと思っていたが、渋谷は歯科クライアントを多数抱えているだけあって、人に関する相談にも積極的に応じてくれた。

「DHを2名、受付兼アシスタントを1名、計3名体制でスタートを切りたいと考えています。ただ、DHの採用は本当に難しいと聞いています…何か良い策はないでしょうか?」

不安そうに切り出した横山に、渋谷はいつもように冷静な口調で返した。

「確かにDH採用はどこの医院でも悩まれています。ただし、横山先生の場合はそんなに悲観することはありません。まず立地が抜群にいい。駅から近くスーパーの隣り、わかりやすくアクセスのしやすい立地は、対患者だけでなく、対スタッフで考えても相当有利に働きます。それから、お聞きした診療時間ですと、スタッフさんからの人気が高そうです。夜遅くまで、土日診療といった医院が多い中、よこやま歯科では”スタッフの働きやすい環境”が用意されているように思います」

これまでの決断が間違いではなかったとお墨付きをもらったような気がして、横山は気恥ずかしさを押し殺しながら頷いた。

「それにオープニングスタッフは開院後の募集と比べても応募が集まりやすい。煩わしい人間関係を気にすることもなく、院長とスタッフが同じスタートラインに立って、一から理想の医院を作っていけるのは魅力ですよ。あと重要になってくるのが、院長がどんな人間なのか、どんなスタッフを求めどんな医院を作っていきたいのか、それを明確に打ち出すことです」

「では具体的にどんな求人媒体を使えば良いでしょうか?ネット媒体もあれば紙媒体もあるし…人材紹介会社なんていうのも聞いたことがあります」

渋谷は少し考えるような仕草をして、「あくまで個人的な意見ですが」と前置きをした。

「反応のあるなしは水物なので正直わかりません。となると、費用のかからないものから順番に使っていくというのはどうでしょうか?まずは無料のハローワーク。これも地域によっては侮れません。そして閲覧数に応じて課金されるネット求人もお勧めですよ。この2つで様子を見ながら、2月末時点で反応が薄ければ、追加投入の紙媒体で一気に募集をかけてしまおうという作戦です」

「広告も兼ねて新聞折込の求人は出す予定にしていますし、その作戦でいってみようと思います!そろそろ内装も出来上がってくるので、可能な限り医院の雰囲気が伝わる写真も載せようと思います」

渋谷は頷くと、「面接のポイントをまとめていますので」と3枚ほどの紙を差し出し、「良い人が採用できることを祈っています」と横山を送り出した。

まだ壁紙と木の香りが漂う真新しい院長室で、横山はほっと一息つきながら昼食のミックスサンドに手を伸ばした。求人開始とともに予想をはるかに上回る反響があり、受付助手は20人、DHでも5人の応募を獲得できた。2名はすでに採用を決定したものの、DHの残り1枠がなかなか決まらないのが横山の焦りの原因だった。そんな中でも渋谷会計士に言われた言葉が頭の中でリフレインしていた。
「一度マイナスに振れたものをプラスにもっていくにはとてつもないエネルギーと時間が必要になります。採用に関しては絶対に妥協しないでください」
面接も残すは最後に駆け込みで応募のあった衛生士のみ。横山はお見合い前のような期待と緊張の中、大急ぎでミックスサンドを放り込んだ。

「失礼いたします」

横山がサンドイッチをお茶で流し込むのと同時に、医院の入口から明るい声がした。

「歯科衛生士の松本潤子と申します。本日はお忙しいところ面接していただきありがとうございます」

やけに礼儀正しい挨拶に一瞬戸惑いながらも、横山は差し出された履歴書に目を通した。専門学校を卒業して3年目、新卒で勤務した歯科医院の名前だけが職歴に記載された綺麗な履歴書だった。他愛のない世間話でアイスブレイクしつつ、横山はさっそく核心を突く質問を投げかけた。

「なぜうちの医院で働きたいと思ったんですか?」

松本は一切の動揺を見せずに、落ち着いた様子で話し始めた。

「私はこれまであるクリニックで患者さんと向き合い、一通りの経験をさせてもらいました。ただその医院は削って詰めるだけの昔ながらの医院で…3年経って次のステップを考えていたときに、このクリニックの求人が目に留まりました。HPを拝見すると、患者さんに対する先生の想い、予防に関するポリシー、理想の医院像などが詳細に書いてありました。ここだったら衛生士としてやりがいを持って働き成長できるんじゃないか、そして横山先生や他のスタッフさんと一緒に、素晴らしいクリニックを一緒になって作っていけるんじゃないか、そう思ったんです」

“一緒に”その言葉を聞いて横山はつい前のめりになった。この瞬間に横山の気持ちはすでに決まっていたのかもしれない。冷静に冷静にと意識する中、「面接のポイント」にあった、“衛生士に必ず説明しておかなければいけないこと”を思い出した。

「きっと松本さんにとってやりがいのある職場になると思うよ。ただ一つ、これだけは良く理解しておいてほしい。開業後しばらくはメンテナンス患者も少なく、本来の衛生士業務はほとんどできない。そればかりか、備品の発注からアシスタント業務まで、何でもやってもらわなくちゃいけない。細かなルールやマニュアルもこれから一緒に作っていかなくちゃならない。オープニングスタッフということで大変な面も多いと思うけど、“一緒に”理想の医院を作っていってくれるかな?」

横山は松本の目を力強く見つめたまま、固唾を飲んで答えを待った。

「開業当初が大変なことも、しばらく衛生士業務ができないことも理解しているつもりです。患者さんのために、ぜひ一緒に働かせてください」

横山は残業や有給休暇、医院としてこれだけは守って欲しいルールなどを説明し、その場で採用決定を伝えた。松本が「失礼します」と出て行った後、横山は思わず小さなガッツポーズを決めていた。

ダイニングテーブルからキッチンで夕飯の準備をする美穂を眺めながら、なぜ今回の採用がうまく行ったのかを横山は振り返っていた。立地や勤務時間の優位性も大きかっただろう。だが給与水準は決して高くない、医療法人のように社会保険だって完備されていない。そんな中でも良いスタッフを採用できたのは、求人票やHPで徹底的に自らの情報を発信したからではないか。院長がどんな人間で何を考えているか、スタッフには何を求めているか、どんな医院にしていきたいか。人がすべてという大倉の助言に従い、開業を決意した時の真っすぐな気持ちをぶつけたことで、その想いに共感するスタッフを自然と引き寄せることができたように感じた。

「人生も医院経営も誰と組むかが大事なんだよね」

美穂のいたずらな笑顔に幸せを感じながら、横山はいよいよ1ヶ月後に迫った4月1日に心の照準を定めていた。

※この内容は「Quintessence」2016年8月号掲載に加筆修正したものです。

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